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Asumic World Blog
なんだか気がつけば随分と日にちがあいてしまいました。



心身の調子は相変わらず、良かったり悪かったりしていますが
結構大きな心配事が一段落ついたり
周りが少しずついい方向へ歯車が回りだして
私もその歯車に乗っているような感じもしています



新しい趣味も出来ました。

20120203_03.jpgもう5年以上前にもらってずっと放ったらかしていた楽器
『ギタレレ』を弾くことに突然ハマって
今、一生懸命がんばって弾いています。

ギタレレって、聞いたことない人もいると思うけど、
YAMAHAが出しているギターとウクレレを合わせたような楽器で
サイズはテナーウクレレと同じ大きさ。

チューニングによってギターとしてもウクレレとしても弾くことができます。
(ギターとして弾くには弦にちょっと工夫が必要だけど)




20120203_04.jpg一時期は好きな事さえあまりやる気になれなかったのに、
今はこの楽器を触るのが楽しくて

せっかくなら楽器自体を可愛くしようってことで
楽器を花柄にしてみたり・・・
(画像はクリックすると大きくなります)







20120212_01.jpgギターストラップを手作りしたりして
(黒猫のストラップだよん♪)

こんな形でも楽しんでいます(*^^*)
(画像はクリックすると大きくなります)



まだまだ全然ちゃんとした曲は弾けないのですが、
がんばって練習して、うまく弾けるようになりたい!


ギタレレという楽器、ギターより小さいので
おもちゃギターだと思う人もいるようですが決して侮れません。


YouTubeで検索したら、こんなに上手にギタレレを弾く人を発見!
見た目は普通のおばさん(失礼!)なのに、ギタレレめっちゃかっこいいです。








どのぐらい練習したらこれぐらい弾けるようになるんだろう。
でもがんばって練習してこのぐらいうまくなりたいぞー
 
 

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また新しい年が来ました。

年末は色々あって不安定な中で年を越しました… (´;ω;`)
相変わらず進歩のない自分に落ち込み中…


今年は否応なく色々と変化を強いられる年になりそうで
年始から不安が隠せません。

無理のない範囲で何とか細々と生きていければそれでいいのだけど。




今年から、またカウンセリングを変える事にしました。

今までの無料カウンセリングは
可もなく不可もなくという感じで悪くはなかったのだけど
なにしろ1ヶ月〜1ヶ月半に1回のペースでしか受けられないので
全然前に進めず、停滞している感じで
受けている意義がわからなくなりました。


次は今通っているトラウマに詳しい病院内の有料カウンセリングを
受ける予定です。

様々な心理療法を扱える心理士さんが沢山揃っているので
(EMDRとか認知行動療法とか)
自分に合った心理療法を受けることが出来そうで
少し期待をしています。
(今までのカウンセリングはただ話を聞いてもらうだけだったし)




今年を特にいい年にしたいとも思わない程度に
気負わなくなりました。

普通の、最悪の年でなければそれでいいかと。


そんなやる気のない感じですが^^;
今年もよろしくお願いします。

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ずっと不調続き。
原因は、今付き合っている人との関係にあるのだろうなぁ…と思っている。

実はうまくいっていない。
3年も付き合っていれば色々あったりするわけだけど
その色々を話し合える状況じゃない。
彼の就職が全然決まらなくて、あまりにも彼が参っているから。

私が彼との関係に於いて、何か話し合おうと思っても
必要以上に彼を傷つけてしまう。

うまく行かない事だらけだ。



友達に相談したら、「別れた方がいい」と言われた。
そうなのかな、って思った。
きっともう別れた方がいいのだと思った。

別の人に相談したら、「別れる理由にはなる」と言われて
「別れようと思っているの?」と聞かれた。

それで、私が、本当は別れたいと思っていないのに
人から「別れた方がいい」と言われたから
そうする方がいいのだと思い込んでいた事に気がついた。


私側だけの話を聞いたら、どうしたって自分に有利に話してしまうから
彼が悪く聞こえて、「別れたほうがいい」という結論になるのだろうけど
私側の悪い面も沢山あるのだ。

例えば、人から「別れた方が良い」と言われると
自分の意志とは関係なくそう思ってしまうようなところとか。



それに、この3年の間、
彼が精神的にずっと私を支えてくれていた事も確かに事実だ。



ちゃんと話しあって、今後のふたりの関係をふたりにとって
良いものにしていければそれでいい。

でもその話し合いが出来なくて
どうしようもない気持ちを抱えている。



なにがいけないって、
やっぱりこの不況のせいなのかな…。


でもこの辛い時期を抜けられたらきっと
今よりずっと良い関係が築けるのかもしれない。。

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先日、オーストラリアのサイコドラマの権威の
マックス・クレイトン博士のサイコドラマのセラピーを受けてきました。


予想以上に人数が多くて(半分ぐらいは専門家の方が
サイコドラマを学ぶために来ていたみたいだけど)
人間恐怖症の私にとってはそれだけでもうビビり気味 ^^;

正直、受ける前に逃げ帰りたい気持ちの中で
サイコドラマがスタートしました。



ワーク内の出来事をどこまで書いて良いのか迷うのだけど
一応ここまでなら大丈夫だろうと思う範囲内で
『私の感情の動き』について話したいと思います。




何しろ緊張しまくっているので、細かい言葉ややり取りは忘れたけど
最初にDr.マックスが、参加者のひとり(Aさん)に
「今までで一番優しくしてくれた人は誰ですか?」と尋ねました。


私は「もしこの質問を私にされていたら
私は即座に『兄』と答える」と思いました。




Aさんにとっては親でした。

そして、参加者の中からAさんの親に近い人を選び出し、
その人がAさんの親役を演る事になります。


Aさんは自分の親役の人に向い
自分が親に対して思っていること(感謝の気持ち)を伝えます。



そして次に役柄を交代し、Aさんが自分の親の役になり、
親役をやっていた人はAさん役をして、
親役のAさんに同じ言葉をかけます。


Aさんは自分の親の気持になって、
子どもの自分が掛ける言葉を聞く事になります。

この時、どんな気持ちがするか、と尋ねられます。




ただそれだけのやり取りを見ていて、
もうその時点で私は号泣・・・・・・(T_T)


だって私の頭の中では、目の前の劇が、
兄と私の会話に変換されていたから。


絶対に叶わない会話。
伝えられない言葉。
届かない気持ち。


そういうのがワーッと自分の中の感情をかき乱して
とにかく涙が止まらない(汗)




けど、私の担当医の先生が心配そうに気を配っていてくれてたり

Twitterで知り合って同じ病院へ通うようになって
今回のサイコドラマにも一緒に参加した友達も、
自分も号泣しつつ、私の事を気にかけてくれたり
(ちなみに大勢いた参加者でこんなに号泣してたのは
私らふたりだけだった……Σ(´∀`;))

Dr.マックスが温かく手を握って、私の気持ちを聞いてくれたりで



初対面の参加者の人達の多さに怯えて怖がっている自分や
サイコドラマが進んでいくにつれ、どんどん気持ちが萎縮して
コンプレックスが強くなって、自分は他の参加者に受け入れられていないと
思ってしまっている自分を感じると同時に、

その反面で人の温かさを感じている自分とが
一緒に同居していて、すごくなんだか不思議で変で
どうにも表現できない気分…。



私はとにかく人前でなにかをするのが怖かったので、
人が演っているドラマを見ているだけだったんだけど
(何の為に参加してるねん^^;)
それでもものすごく感情が動き、一度にいろんな感情が出てきて
気がついたらあっという間に2時間半が経っていた、という感じ。。。


最後に終わったあと、Dr.マックスと少し話す事が出来て
聞いているだけで涙が出てくるような事を言ってもらったんだけど
(英語わからないので、友達が通訳してくれた)
実はもう、その言葉がどんな言葉だったか覚えていない・・・

でも、大事なのは言葉じゃなくて、
その時私が涙があふれるぐらい、心が動いたということなんだと感じ
なんだかそれでいい気がした。

言った言葉を覚えてないなんて、言う意味が無い、なんて事じゃなくて、
言葉という記号ではなく、もっと大切な心が私に伝わったんだと思えた。



最後はDr.マックスから頬にキスをされてハグをした。
外人のおじいちゃんとは言え、私が初対面の男性にそんな事をされて
恐怖で固まるどころか安心感を感じるなんて…。

なぜかまた、自然に涙が出てきた。



その後は、グッタリと疲れていたんだけど、
あんまり泣きすぎて水分不足になってw喉が渇いたので
友達とカフェに入ったら、話が盛り上がって止まらなくなって
近くに安い居酒屋があるからと、ふたりで飲みに行った。


お互いサバイバー同志で気を許しあえるから
そんな場で陰鬱なトラウマ話になっても、場がしらけるどころか
泣きながら笑えるし、なんだかすごく楽しかった。



サイコドラマもとても貴重な体験だったのだけど、
私にとってはその後の友達とのカフェ&居酒屋での事も
同じようにとても大事な体験で、

これは2つセットで同じ日に経験したからこその、
W効果な価値がある一日だったのだと思うのでした。


プライスレス

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全然ブログを書いていませんでした^^;
(いつものことといえばいつものことだけど)



理由の1つとして、Twitterと、このブログを連携させてから
意味不明なコメントとか不快なコメントが多く書かれる様になって
グログを書く気を失いつつあった、というのがあります。

Twitterとの連携止めようかなぁ…とも思うのだけど
そこから来てくれた人の中には
良い出会いもあるので、判断が難しいですネ・・・




まぁ、それはいいとして。



最近の私ですが、超絶不調です(笑)←笑っている場合じゃない
理由を書くと長くなるので省略しますが・・・。



とりあえず最近の変化として、病院を変えました。


今までの病院は、内科主体でついでに心療内科もやっている
という感じの個人病院で、トラウマに関する知識は皆無に等しく
「うちでは薬物治療しかできない」と予め言われていたのだけど
家から徒歩2分というあまりの近さに、ウツで外出したくない時でも
薬取りに行けそうだから…という理由でそこに通い続けていたのだけど

やはり薬だけでトラウマが良くなるとも思えず
(他所でカウンセリングも受けているけど、いつも混んでいて
1ヶ月〜1ヶ月半に1度しか受けられないので効率悪い)

トラウマを専門で診られる病院に変えようと思い
友人の勧めもあって、思い切って転院しました。



まだ10月から通いだしたところなので
どうなるかはわからないけど、
少し話しただけでも、先生がトラウマに精通している事がわかって
その点ではすごく安心かな。

過去、いろんな病院でトラウマ否定されまくってきたけど
この病院では少なくともそういう二次被害は受けずに済みそう。



この病院は、保険範囲内でサイコドラマや認知行動療法や
アファメーション・ミーティングなど
色々な事を行ってたり、
保険範囲外なら、EMDRやイメージ療法、その他色んな療法を扱える
精神科医や心理士がいるので、自分に合った療法でトラウマを
治療してもらえそうで、治療の幅が広いところもなにか安心な感じ。


まだどうなるかわからないけど
ちょっとこの病院には期待しています。





あとつい最近、久々に死にたい病が悪化して ^^;
自暴自棄になってしまったので
(この定期的に勃発する死にたい病って何なんだろうね。
死にたいと思ったことない人は全然思わないみたいなのに)

しばらくこのブログに気楽な事を書いて
気を紛らわせていようと思います。

深刻になりすぎると本当にやばくなりそうだし ^^;
Twitterも結構重たい話題や深刻な話題が多くて、
精神状態の良くない時に読むと余計気が滅入るので・・


ここでは猫の話題とか手作りの話題中心でほのぼのいこうかなと。
たまに治療状況も織り交ぜつつね。



そんな感じ。

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ふと思った。

以前から私の日記を見てくれていたり、
昔見てくれていて、また最近になって久しぶりに来たという人の中には
今も昔も、似たような内容の問題に悩んでいる私を見て
ずっと成長していない人だと思っている人もいるのかもしれない。
(なんとなくそれっぽいことを言っているらしい人がいたもので・・(-"-))


人がどう見ようが気にしていても仕方がないのだけど
そう思われるのは気持ちの良いものではないのも確かでね。



でも例えば癌だって、一度治っても再発したら
また同じような症状が出てくるわけで
トラウマだって再被害に遭えば、
同じ様な問題が再発して、それに煩わされても不思議ではないはず。



それに、一度読んだ本でも、何度も読むことで
気がつかなかったことに気がついたり、解釈の仕方が変わったりするように
一度通った道だって、何度も通ることで
見落としていたものを見つける事だってあるだろう。



だから、同じような事を悩み続けて、
全然前に進んでいないように見えても
それでもやはりそれは螺旋階段状に上っていて、
似ているようでも、実は確実に違う景色を私は見ている。



なんども通った道を、私はまた歩いている。
よく知っている道だから、余計な道案内はいらない。

でも、よく知っているはずの道なのに
知らなかった顔が沢山あるのを発見する。
その不思議。




だけどそういう私のやり方を見て、
そんなヒマがあるなら、まだ行ったことのない道を歩く方が
ずっと世界が広がり、前進できるだろうと言う人もいて。


確かにそれも、一理あるよね。
だから、今のやり方に納得がいったら、
この次は私もそうするかもしれないよ。



でも今は、私はもっとゆっくり確実に
もう一度、この道を歩いてみたいんだ。

時には立ち止まって、
風の色や空気の音まで感じてみたい。


それは、停滞だと思うかな?
後退だと言うのかな?


そう思う人がいるなら、それは私と考え方が違うだけ。
きっとそんな事を試したこともない人だけが
そういう事を言うのだろう。




これは私の人生なんだから
そんな無責任な人の発する雑音なんかに惑わされる必要なんて全くないよ。


もし、今私が信じるやり方を試した結果
自分が間違っていたと思い知ったとしても
それも私の選んだ人生。

後悔はしないと思うよ。


もう二度と、トラウマに操られて再演を演じたりしない。
その目的さえ達成出来れば。

その為の「今」なんだから。

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約1ヶ月半ぶりに2度目のカウンセリングを受けてきた。

こんなに間が空いたのは、市の女性センターの無料カウンセリングで
常に予約が一杯だから。

本当は2週に1度ぐらいのペースで受けたいのだけど
お金が無いから仕方がない。
カウンセリングが保険で受けられるようになればいいのになぁ。。




って事はいいとして。




今日は主に「頭では分かっているんだけど
心の底まで浸透してない問題」について話をした。

・両親の兄に対する態度と私に対する態度の格差
・それによって生まれた、自分の中にある男尊女卑意識
・自分がそこに存在しない方が全てが上手く行くという感覚
・「家庭」ではなく「仕事」として機能していた家族関係

そんな話をした。




兄は、両親が期待する「親にとって役に立つ人間」として機能していたが
私は「役立たずなダメな子」として扱われていた事。

でも私は、親が期待する人間になる事を、あえて拒否していたところがあった。
親が子どもに求める姿は、そんなのは親子じゃないって思っていたから。
(例えば私の父が煙草をくわえたら、
兄がサッとライターで火をつけるという感じだったので)



カウンセラーは、家族としての感覚としては私の思った事が普通であり
両親の求めたものは本来子どもに求める事ではないと言った。

そして「どうやってその正常な感覚を持ち続けていたのか」と聞かれた。



ちょっと意外な質問だった。
そんな事、今まで考えたこともなかった。


私は親に愛されたいと思いながら、
親の求める子どもにはなろうとしなかった。

けなされてストレスのはけ口にされる事が
私の役割なのだと思っていた事もあるが
それはある程度大人になってから、
自分を納得させるためにそう考えた事だ。



子どもだった頃の私は、なぜ兄のように
親にとっての「役に立つ子」になろうとせず
頑なに自分のままで居続けたのだろう?




少しその事に思いを馳せてみて
こんな事を感じた。


多分私は、あの頃のあまりにも突然過ぎる環境の変化に対応しきれず
何が何だかわからなかったんだ。


5歳の頃までは、私はそのままの自分で、
母親や兄に確かに愛されていた。

でも母親が死んだら、突然、
身体的暴力や性暴力、言葉の暴力を受けるようになった。



私自身は何も変わっていないはずなのに、
突然世界が180度変わってしまった。

何がいけないのかもわからず、混乱のあまり考えることさえ出来ず
ただ起こることを起こるまま
受け止めるしか出来なかったんだと思う。





そんな話をした頃、時間が来て、
「次回、その時の話をもう少し詳しく聞かせて欲しい」と
カウンセラーに言われた。


この大きな環境の変化は、
5歳の子どもにとっては本当に大きな出来事だったのだろう。

ここを丁寧に詳しく見ていくことで、何か鍵があるかもしれない。



最後に「今どんな気持ちですか?」と聞かれた。
「少し寂しいです」と答えた。

胸がシクシクと痛むような、そんな寂しさが漂っていた。





でも今、どこかで、また少しだけ
答えに近づける気配みたいなものを感じている。


多分、今度のカウンセリングは大丈夫そうだ。




次回のカウンセリングは一ヶ月後。
焦らずゆっくり、前に進んでいこうと思う。


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2007年2月に新装改訂版として復刻されましたが、2011年現在、新装改訂版も入手困難・絶版となっています。 専門書としても実用書としても価値のある本です。
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